「英検1級の合格はスタートライン」

M.M.  2026年 英検1級合格 

英検を志したきっかけ

私は外資系の企業で働き、英語を使うことが日常の一部でした。しかし、転職したことで、英語にほとんど触れない生活へと変わりました。

語学力は、一度身につければそのまま維持できるものではありません。使わなくなると、運用力はすぐに衰え始めます。日に日に英語が鈍っていく自分が、私はどうしても嫌でした。

もう一つ、現実的な理由もありました。外資系の職場を一旦離れると、英語で仕事をしてきた実績があっても、肩書を離れれば、世間に対して私が英語をどのくらい使えるのか証明することができません。今後のキャリアを考えるうえでも、誰にでもわかる資格を持つことが必要だと考えました。

英語力を維持しつつ自分の実力を客観的に示せるものを持ちたい。この二つを同時に満たすもの、いわば最適解として、私は英検1級に挑戦することにしました。

一次試験の難しさ

一次試験は、英語力だけでなく、体力と集中力も厳しく問われる試験です。問題量に対して、試験時間は圧倒的に短いと感じます。限られた時間の中で膨大な量の問題に次々と解答していかなければなりません。途中で集中力が途切れると、その後の問題にも影響してしまいます。

そのため、大前提として、試験の前に自分のコンディションを整えておくことが大切です。私にとって英検1級の一次試験は、これまで受けてきたどの試験よりも体力的に厳しい試験でした。そのため、英検を受けることがきっかけで、自分の健康や睡眠に対してもきちんと考えられるようになりました。思わぬボーナスです。

リスニングは、音声が一度しか流れず、問題と問題の間隔も短いため、終わった問題に執着せず、すぐに気持ちを切り替える力が求められます。一問に引きずられると、次の問題の冒頭を聞き逃してしまうからです。

リスニングに限りませんが満点を目指さない限り、すべてに完全に答える必要はありません。少々の間違いを気にするあまり、ミスを引きずって集中を乱すことの方が、よほど大きな失点につながります。従って、所謂resilienceが非常に重要だと思いました。

英作文は、社会・政治・経済・環境など、出題される分野が非常に広く、当日その場で考えていたのでは間に合いません。日頃から時事問題に目を向け、「自分はどう考えるのか」「なぜそう考えるのか」を意識しておくことが大切です。

そして実は、時事問題に限った話ではありません。日々生きていくなかで見聞きするものを何でも当たり前と捉えず、自分の頭で考えてみることです。たとえば、鉛筆一本を取っても、考えることはいくらでもあります。材料は何でどこから来ているか、どんな人が鉛筆を使うのか、デジタル化で鉛筆の消費量に影響はあるのかなど。そうやって問いを立てる習慣そのものが、考える力を育てます。英作文の対策とは、型を覚えることではなく、物事に対する自分自身の視点を育てることだと思います。

最後に、当日の私の試験の受け方を一つご紹介します。少し変わった方法かもしれません。試験冊子を開いたら、私はまず、英作文のお題を見ます。そのうえで、大問1から解き始めるのです。他の問題を解いている間も、頭のどこかで、英作文の答えを考え続けています。意識の下で構想を進めておくわけです。エッセイのところに辿り着く頃には、論点の骨格ができあがっているので、比較的楽に筆を進めることができます。

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特別な準備は存在しない

英検1級のための特別な準備は、そもそも存在しないのではないか。私はそう考えています。ここで言う「特別な準備」とは、誰にでも通用する定型的な勉強法、いわば魔法の杖のような近道のことです。学生の時は教科書をさらっていればよかったですが、ここでは全くレベルが違います。

誤解のないように補足すると、初めて受験したときは、手に入る限りの過去問をすべて解きました。出題の形式を知ることと時間配分の感触を掴むことは、当然必要です。ただ、過去問をさらうのに、それほど時間はかからないはずです。本当に問われるのは、その先の、日々の積み重ねの方です。

過去問がすべて解けたからといって、合格する保証はありません。逆に、たまたま不合格になったとしても、その人の英語力が否定されるわけでもない、と私は思っています。試験とは、そういうものです。生き物だと思って接してください。試験は水物だとよく言われますが、英検を受けるたびに、私はそれを実感します。何度受けても、「今回は絶対に大丈夫」という確信は持てません。

そして、読者の皆様に知っておいていただきたいことがあります。過去問に初めて手をつけた時点で、私はすでに英語はたくさん勉強していました。仕事でも個人レベルでも英語にはかなり濃密に接してきました。「特別な準備は存在しない」とは、準備が要らないという意味ではありません。準備は、試験を志すよりずっと前から、日々の英語との取り組みから始まっているのです。

語彙は、単語帳の暗記ではなく、文章の中で、その言葉が使われる場面やニュアンスとともに「心で学ぶ」ことで定着していきます。リスニングも、毎日少しでも英語の音に触れ続けることが、身構えて対策をするよりも、ずっと確かな力になっていくと感じています。

ただし、リスニングについては、最近気づいたことが一つあります。漫然と英語を聞いているだけでは、試験には通用しないということです。お気に入りのコンテンツを見聞きしているときは、場面や話の流れという文脈があるため、多少聞き取れない部分があっても、前後関係でなんとなく理解できてしまいます。しかし試験では、何の文脈もないまま、予期しないトピックがいきなり流れてきます。文脈の助けを借りずに、初めて聞く話題を一度で理解する。これは「ながら聞き」とはまったく別の負荷であり、そのための意識的な練習が必要です。日々英語に触れることが土台であることに変わりはありませんが、その触れ方には、質が問われるのだと思います。

リーディングについても、同じことが言えます。新聞や時事雑誌を読むことは、基礎の基礎です。1級レベルになることを考えるなら、それだけでは、いつか限界が来ると思います。私の経験では、科学雑誌や歴史の読み物まで手を伸ばすのがよいと考えています。試験の読解では、ジャンルも文体も異なる文章に向き合うことになるからです。もっとも、お堅いものばかり読んでいるわけではありません。ファッション誌や大衆誌にも、1級レベルの汎用表現があちこちに隠れているものです。触れ方の幅が読解力を育ててくれると私は堅く信じています。英文を読むのは、正直なところ、とても疲れます。それでも、コンスタントに続けていくうちに、目が慣れてきます。

ここまで書いてくると、英検1級のためには、とてつもなく膨大な量の勉強が必要に見えるかもしれません。実際、それは正しいのです。だからこそ、何らかの楽しさを見つけることが肝心だと思います。人間は、楽しくなければ、なかなか続きません。では私はどこから楽しさを見つけたかというと、一つの例ですが、大好きな犬のことや好きな芸術家の伝記を読んだりして英語の文献に触れるようにしていました。

働きながら試験の準備をされている方も、多くいらっしゃると思います。私も、非常に忙しい仕事に就いているので、勉強に時間を割くことがどれほど切実な問題か、よく分かります。そこで、あらためて申し上げたいことがあります。勉強を、生活と切り離された特別な時間にしようとしないこと。日々の暮らしの中に、その日の気分と体力に合う形で、英語を溶け込ませること。まとまった時間が取れない日があっても、焦る必要はありません。積み重ねは、たとえ細切れでも積み重ねです。敢えて例えるなら、筋肉トレーニングでしょうか。一度に長時間やるよりも、毎日少しずつ続ける方が確実に力がつき、やめれば静かに衰えていく。英語の筋肉は、日々の暮らしの中でこそ鍛えられるのです。

こうして毎日英語に触れていると、「試験のために勉強している」という意識がなくても、読む力も、聞く力も、語彙も、少しずつ確実に積み上がっていきます。英検1級の準備とは、特別な何かではなく、この地道な日々の延長線上にあるのだと思います。

対策するなら、二次試験に集中する

ここまで、一次試験について多くを記述しましたが、私のキーポイントは、やはり二次試験です。これまでに特別な準備は存在しないと書きましたが、それでもあえて「対策」を意識するとすれば、二次試験にリソースを集中させるのがよいと考えます。自分にとって英語学習では常に二次試験を意識するようにしていて、それが、自分の英語力を最も高めてくれていると実感しています。

一次試験の合格を確認してから二次の準備を始めるのでは、遅すぎます。スピーキングこそ、日頃からの積み重ねがなければ、ほぼ不可能と感じています。

日常会話や仕事上のやり取りは、比較的誰にでもこなせるものです。私は、英語での実務的なやり取りが日常的な環境で働いてきましたが、そこでは英語に大きな不自由を感じたことはありませんでした。ライティングも然りです。しかし、英検1級の二次試験は、それとはまったく別次元にあります。一人で、決められた時間、自分の見解を論じ続けなければならない。そこには、日常会話ともビジネス英語とも異なるまったく別のスキルが要ります。普通に英語が話せるからと安心していると、大間違いです。

最初は二次試験が楽勝かもしれないと、ものすごく間違った考えを持っていて、この大きな誤解のためにとても苦しみました。二次試験は、本当に怖かった。初めて過去問を見たときは、頭の中が真っ白になり、何をどのように準備して、どう答えればよいのか、まったく見当がつきませんでした。そして正直に言えば、二次試験にはいまも苦労しています。その意味でも、二次試験の準備には時間がかかります。しかしその代わり、二次試験に耐えられるようになったころには、総合的な力が、必ずついています。

それでも、いまだに思うことがあります。いつになったら、100%の確信をもって試験に臨めるのだろうかと。そのくらい、難しいものなので、皆さんもスピーチ試験は不安になって当たり前くらいの気持ちでいて大丈夫だと思います。

二次試験では、単に言葉が途切れずに出てくるだけでなく、1級にふさわしい語彙、かつ相手にきちんと伝わる表現を用いながら、限られた時間で論理を組み立て、自分の立場を明確に伝える力が求められます。さらに重要なのは、形式的に理由を並べるのではなく、相手が耳を傾けたいと思うような論点を持つことです。相手の心を動かすためには、その問題について自分自身が日頃から考え、なぜそう思うのかを自分の言葉で語れなければなりません。

巷では、定型の文章を暗記して臨むというやり方も耳にします。実は私も、最初はその方法を試してみました。しかし、お勧めしません。出題されるテーマも、それに対する意見も、組み合わせれば何万通りにもなります。覚えた文章を無理に当てはめようとすれば、どこかで話に歪みが生じますし、借り物の言葉の不自然さは、聞き手に必ず伝わってしまうと思うのです。

では、暗記の代わりに何を用意しておくのか。私の答えは、どんなテーマにも当てはめられる「論じる軸」を、自分の言葉でいくつか持っておくことです。二次試験では五つのテーマが提示されますが、そのどれもが得意分野だとは限りません。五つのどれにも太刀打ちできなかったらどうするか。この可能性はゼロではなく、私はいつも危惧しています。そこで私は、テーマごとの知識ではなく、軸を持つことにしています。私がよく使うのは、「個人の自由と公共の利益」「かかる費用はベネフィットに見合うか」「進歩と伝統」「多様性を尊重することの功罪」といった軸です。初めて見るテーマでも、これらのどれかを使えば、ほぼ論理を組み立てることができます。問われているのは知識の量ではなく、自分の立場を組み立てて論じる力だからです。

こうした力を養うには、日頃から社会の出来事に関心を持ち、自分の意見を整理し、それを英語で実際に口に出す鍛錬を重ねることが不可欠です。

私の場合、そのトレーニングの中心は、定期的なレッスンです。前もって先生にテーマを決めていただき、自分で準備をしたうえで、先生と議論します。テーマは政治のこともあれば、経済のことも、時には科学のこともあります。文学作品を読んで、自分なりの解釈を先生と話し合うこともあります。ここで、一つ思わぬ効果があります。知らない間に文章を要約する力がついてくるのです。このように、レッスンは多面的な効果をもたらします。

自宅では、新聞を読んだり、英語のドラマやニュースを観たりします。毎日でなくてもよいので、正しい発音を意識しながら、ゆっくりと英語の文章を音読することも、私には役立ちました。何をやるかは、その日の気分で変えています。気が向くものは、日によって違うからです。嫌なことを無理にやっても、頭に入りませんし、全くの時間の無駄です。英語を読みたくない日は読みませんし、そういう日はテレビやラジオが楽だったりします。その逆の日もあります。自分の特性を踏まえて、勉強のやり方を自分で設計する。それが一番良いのだと思います。

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二次試験対策が、英語力全体を伸ばす

二次試験は、私の経験上、独学ではなかなか難しいものです。一次試験は独学で何とかできるとしても、二次のスピーキングは、聞いて直してくれる相手がいてこそ伸びるからです。

英語が母国語ではないので、知らない間についてしまったおかしな癖が往々にしてあるものですが、きちんと指摘してくださる先生は少ないです。

そして、二次試験にリソースを集中すべきだと考える理由は、もう一つあります。二次試験対策は、スピーキング力だけを高めるものではないからです。

時事問題や社会問題について考え、自分の立場を整理し、それを英語で表現する練習を重ねると、英作文の論点も組み立てやすくなります。より適切な言葉を探しながら話す過程で、語彙や表現の幅も広がります。ニュースや記事を読み、その背景や他の出来事とのつながりまで理解しようとする習慣が身につくため、読解力やリスニング力にも良い影響が表れます。 つまり、二次試験対策とは、二次試験のためだけの勉強ではありません。英検1級で求められる力を、まとめて引き上げてくれる学習です。そしてこれは、これまでに述べた「日々、地道に英語に触れ続ける」ことの、最も濃い実践の形でもあります。

特別な準備をするのではなく、普段の英語学習そのものを二次試験対策にしておくこと。これを、これから受験される皆様にも、ぜひ実践することをおすすめします。

アサーティブネスと笑顔

二次試験では、英語の正確さだけでなく、自分から相手とコミュニケーションを取ろうとする姿勢も大切です。
そもそも言葉は、それ自体が一つの文化です。英語を話すということは、単語や文法を正しく使うことにとどまらず、その言葉が育ってきた文化の中での対話の作法まで含めて身につけることだと思います。英語圏では、自分の意見を明確に述べ、相手と正面から向き合って話すことが自然とされます。そうした文化的な流儀を理解し、自分のふるまいに映し出すことが、二次試験でも大きな意味を持ちます。

私が特に大切だと思うのは、アサーティブネスと笑顔です。アサーティブネスとは、単なる押しの強さではありません。相手を尊重しながらも、自分の意見を曖昧にせず、主体的に伝える姿勢です。
多少言葉に詰まることがあっても、自信なさそうに答えを探し続けるより、相手と自然に目を合わせ、笑顔で自分の考えを伝える方が、試験官にも耳を傾けてもらいやすくなります。
笑顔で話すことで、自分自身の緊張もいくらか和らぎ、試験を一方的に評価される場ではなく、人と人との対話として捉えられるようになります。

そういった意味で、最初の1分は非常に大切で、相手と関係を構築するチャンスととらえてください。これは私の個人的な意見ですが、ありふれた自己紹介は、全然面白くないと思います。相手の人が思わず聞きたくなるような自分のエピソードは、誰にでも一つや二つあると思います。そういうことを意識して、自己紹介を私はやっています。

本題のスピーチは完璧に話そうとしなくてよいと思っています。完璧という考えに縛られると自分の心も縛られてしまいがちです。大切なのは、自分の立場をしっかりと表明すること。仮にスピーチで失敗したと感じても、その後の質疑応答で挽回することができます。試験官は、質問を通じて受験生にチャンスを与えてくれているのだと私は思っています。だから、怖がる必要はありません。むしろ培うべきは、対話を楽しむ力です。試験官の質問がいまいちわからなければ、礼儀正しく聞き返せば良いです。あてずっぽうで、まったく意味のないことを言う方が、大変恥ずかしいと思います。

本題のスピーチやその後の質疑応答で沈黙したり、I don’t knowで済ませてしまうのは絶対だめだと思います。これは、相手に対して大変失礼な返答に聞こえると考えます。わからないときに如何に丁寧に話すかは日頃考えておいてください。試験官も一人の人間です。相手を尊重しながら、自分の立場を明確にし、自信を持って対話を前に進めることが、自分の持っている力を十分に発揮することにつながると思います。

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先生方とのレッスンから得たもの

私が英検1級に合格できたこと、そして合格後も学習を続けていることには、この学校の先生方の存在が大きく関係しています。

先生方の資質は非常に高く、これは学校へのお世辞ではなく、長く授業を受けてきたうえでの率直な実感です。私はおそらく、他の学校ではここまで長く、前向きに学習を続けることはできなかったと思います。

英語を話すこと自体には、さほど苦労を感じていなかった私ですが、この学校にお世話になり始めた頃は、たくさんの欠点を指摘され、とても緊張したのを覚えています。しかし、そのおかげで、最初から基礎を意識して、正しい英語を話すことに集中できるようになりました。実は今でも、授業の前はとても緊張します。けれども、緊張するからこそ準備にも一生懸命になれますし、それが勉強を続ける張り合いにもつながっています。

小学生の頃から、たくさんのネイティブの先生と勉強してきましたが、この学校の先生方が一番だと思います。生まれたときから英語を話してきた人に、英語ができない人の気持ちは、本来わかりえないものです。しかしこの学校の先生方は、ネイティブでありながら、英語を外国語として学ぶ人の気持ちを理解したうえで、指導してくださいます。日本人がどこでつまずくのかを深く分かっていて、その指摘は的確です。

先生方は、英語を教える技術に優れているだけでなく、時事問題や社会問題にも広く精通しています。そのため、単に文法や発音を直すだけでなく、私が述べようとしている内容そのものを理解したうえで、論点の組み立て方、語彙の選び方、表現の自然さ、話の伝わりやすさまで、あらゆる面から細かく見てくださいます。

ありがたいことに、私はいまでも、論点の立て方や表現の選び方はもちろん、冠詞の使い方や単数形・複数形といった基本に至るまで、幅広く指摘を受けています。合格した後も、どの段階もおろそかにせず、細部まで妥協なく見てくださること。それこそが、私が長く学び続けられる理由の一つなのかもしれません。

私は、自分の課題に集中したいので、プライベートレッスンを好んで受けています。ただ、この学校のグループレッスンにも、学ぶことは多くあります。ほかの生徒さんたちの熱意と実力から、自分とは違った視点を見せていただいてわくわくします。

世界で起きている出来事は、それぞれが独立しているわけではありません。政治、経済、歴史、宗教、安全保障など、さまざまな要素が複雑に関係しています。授業では、ニュースの表面的な内容だけでなく、その背景に何があるのか、過去の出来事や別の地域とどのようにつながっているのかを、詳しく解説していただくことがあります。

そうして先生方とさまざまな問題を語り合い、また自分でも調べていくうちに、世界の問題同士が、驚くほど互いにつながっていることが見えてきました。そして気づくのです。日本という限られた場所で日々を送っている自分もまた、その世界のつながりの中に、確かに組み込まれているのだと。一人で記事を読んでいるだけでは決して得られなかったこの実感が、物事をより広い文脈の中で考える力を与えてくれました。また、先生から質問を受け、自分の考えを言葉にする過程で、自分が何を理解し、どこをまだ十分に考えられていないのかも見えてきます。

自分の考えを整理し、相手に伝わる順序で組み立てること、適切な語彙や表現を選ぶこと、曖昧な論点を掘り下げること。これらは、そのまま英検1級のスピーチや英作文に求められる力です。授業の中で知的な対話を楽しみながら、意識して試験対策をしているつもりがなくても、結果として、英検1級に必要な力を身につけることができたのだと思います。

合格後も学び続ける理由

合格した後も、私はこの学校で学び続けています。もはや英語そのものが目的なのではありません。英語はあくまでも道具です。その道具を通して、世界のさまざまな出来事や考え方に触れる時間が、私の毎日に彩りを添えてくれています。

もちろん、日本語の媒体にも、日常的に接しています。ただ、同じ出来事でも、日本語と英語では伝えられ方が異なることがあります。両方の目で見ることで、物事はより立体的に見えてきます。さまざまなメディアの論点を比較することは、自分の意見の中立性を保つうえでも役立ちます。

すでに何度か合格していますが、それでも私は、今も英検1級を受け続けています。合格することが目的なのではありません。試験はゴールではないからです。ただ、学びを長く続けていくには、生活の中にリズムが要ります。定期的に試験があることが、そのリズムを刻んでくれる。私が受け続けているのは、そうした理由からです。

そして、受験のために自分がやっていることは、結局のところ二次試験の対策とよく似ています。時事問題に目を向け、自分なりの意見を組み立て、それを英語で口に出す。この積み重ねは、試験のためというより、自分自身のために役立っていると感じます。今の私には、試験のために何かをしているという感覚はほとんどなく、世の中のことをもっと知りたい、もっと深く考えたいという思いから、英語を通して学んでいる——そんな感覚に近いのです。

私は最近、仕事でAIを日常的に使っています。そして使えば使うほど、英語の大切さがかえって身に染みるようになりました。たとえばAIに指示を出すとき、英語で書いた方がうまくいくことが多いと感じます。また、AIは万能ではなく、こちらから情報を与えてやる必要もあります。その情報も、最新のものは英語で得られることが多い。質の高い情報は、まず英語で世に出ることが多いようです。海外の情報に直接触れ、AIを主体的に、幅広く使いこなすうえでも、英語力は大きな強みです。

AIや自動翻訳が急速に進歩し、これからは自分で英語を話したり書いたりする必要はないという意見もあります。しかし私は、このような時代だからこそ、生身の人間同士が自分の言葉でコミュニケーションを取ることが、ますます大切になると考えています。相手の表情を見ながら、声の調子や間合いを感じ、自分の考えや気持ちを直接伝えることには、機械による翻訳だけでは置き換えられない価値があるからです。

英検1級の合格は、ゴールではありません。合格したその日から、それは、英語を通してさらに広い世界へ踏み出すための手段へと変わるのです。

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